2005年11月18日[金]
HYTの稽古。20日は『有毒少年対抗戦』だが、それは当日の稽古だけで本番をやるというトライアルなので前段階での稽古はない。最近のHYTはクリスマス会の出し物の練習を重ねる日々。いやいや、クリスマス会といえどこれも立派な稽古なのである。僕は前田多佳子メンバー作のコントに出演、立花明依メンバーの『屋久島の女』とローテクミュージカル『眠りの森のミルちゃん』を作ります。『眠りの森のミルちゃん』の稽古では珍妙なローテクソングが飛び交ってます。「♪眠りの森からやってきた〜」「♪パッパヤーパッパヤー」



2005年11月19日[土]
精華小劇場にて「デス電所」を観劇。人づてに評判だけは聞いていたんだけど、実際に観るのははじめてだった。評判通り面白かった。評判通りダンスがかっこよくて、評判通り音楽がかっこよくて、評判通りTシャツがナイスなデザインで、清々しいばかりの評判通りっぷりだった。客演の奥田ワレタさんはとても良い女優さんだ。もう普通に見惚れてた。いろんな劇団に客演でひっぱりだこなので、いろんな劇団の演出家の人が見惚れているのだろう。そういえば、ワレタさんにはピースピットに一回出てもらっている。なんてことを忘れるくらいあの時のワレタさんと最近のワレタさんは僕の中で乖離している。なんでかはわからない。帰り際にHEPの丸山さん、星川さん、麻木さんたちに遭遇。会釈だけして劇場をあとにする。はじめて行った精華小劇場は芸術創造館に似ているなあ。

うどん屋で釜揚げうどんを食ったあと、ユニクロで買い物。その間、あちこちの稽古場に電話。明日の稽古場が手違いで用意できていなかったから。なんとか尼崎の稽古場が取れる。

夜は『屋久島の女』の稽古。稽古は見た目地味ながら心の中では非常に白熱している。



2005年11月20日[日]
尼崎の稽古場にてHYTの稽古。稽古前に少し早く集まって脚本会議。そのあと、『有毒少年対抗戦』松組の発表。事前稽古なしの当日稽古・当日本番。二時間の芝居をほぼ即興でやるわけだからまあグダグダになるのは仕方がないとしてその場でいかに「その場」に対して責任を持ち、舞台表現者としてドライブできるか? というトライアル。当社比ではがんばっているメンバーが数人いた。でも、やはり本番の舞台ではこのままでは通用しないぬるいトライアルに終わったと思う。HYTのメンバーはよく「プロの役者さんはすごい」みたいなことを言う。そこには自分たちはプロじゃないのですごくなくても当たり前という甘えが潜んでいる。僕の知り合いには「プロ」でなくてもすごい役者がいっぱいいる。「表現で食っていきたいなあ」と思ってはいても、食えてないからといって表現に対する姿勢は決してゆるめない。バイトしながらでも自分が精進するための方法を模索し続けている。「プロ」だの「アマ」だのごたご言っている暇があったら、「プロ」よりもすごい「アマ」になればいい。そもそも表現するのに「プロ」も「アマ」も関係ない。

稽古後、駅前の居酒屋にて梅本真里恵ちゃんとDM用の新聞「ピースケ!」のための対談。時間がなくてあまり十分に話ができなかった。



2005年11月21日[月]

夕方。タップハウスにて『ニャンプー』本チラシを下版。ようやく大きな肩の荷がひとつ降りた。扇町公園にて『屋久島の女』の稽古。すぐ傍ではHYTのクリスマス会で上演される『ピースフルドリーマー・スクロールズ・トゥ・ヘブン』のメンバーも練習していた。稽古後、HYTメンバーと一皿130円の回転寿司屋でしこたま食べて飲んで、深夜2時半、就寝。夢も見なかった。




2005年11月22日[火]
朝4時半、起床。HYTのDM用の新聞をデザイン。昼から難波のスポーツセンターにて来年クランクインのDVD映画のための殺陣講習会。主演の女優さんとはじめてお会いしたが、大変感じのよいお嬢さんで製作スタッフのやる気が俄然上がった。ガゼン、ガゼンと、口からガゼンって擬音が飛び出す勢いだ。同じく出演するイエローキャブウェストの子がどこかで観たことある顔だなと思ったら、数年前に友人と飲みに行ったバーで働いていた子だった。不思議な縁だ。

夕方から庄内の稽古場にて『屋久島の女』の稽古。ヨダちゃんが衣裳を持って現れる。血のように真っ赤な衣裳。これまたいい感じだ。衣裳の扱い方によって演出にも幅が出てきた。ナイス衣裳だ。小道具も揃い、通し稽古を二回。僕的にはやっぱりかなり面白い作品だと思うんだけど、僕が面白いと思った作品は他の人が観たら面白くない場合が多いらしいので用心してかからねばならない。上演時間は30分。まあ、とにかく重田はいい役者だ、ということで。

僕らが『屋久島の女』の稽古している横でHYTメンバーが制作作業をあれこれやってくれている。みんなありがとう。稽古後、家に帰って速攻で『屋久島の女』の曲編集。このあと、HYTのメンバーが僕んちに来て深夜の突貫予定。明日は緊急で入ったDVD映画の脚本第三稿をマッハで仕上げて、『ニャンプー』をなんとか今月中にあげたいのだ。



2005年11月23日[水]

夕方から劇場にて『屋久島の女』のゲネプロ。間延びしまくって30分の上演のはずが40分に。ちゃんと通れば30分に収まるはずなのでまあ大丈夫だろう。ゲネプロが終わってホッとしたのも束の間、小道具の仮面が重田の手からつるりとこぼれて落下。見事に割れる。陶器だから。あーあ。




2005年11月24日[木]

『屋久島の女』の本番。重田恵は本番前に京都まで行って昨日割れた仮面の代替品を買いに行く。なんでも、割れた仮面も仕事でたまたま京都に行った時に、京都タワーの下の土産物屋で買ったそうな。でも、今回はわざわざそれだけを買いに京都へ。

片岡百萬両くんと坂本見花さんの『夕暮れ鬼とテディベア』は奇跡のような出来映えだった。相容れないはずの水と油がなにかの拍子に混ざり合って、誰も飲んだことがないスープができあがったような瞬間。




2005年11月25日[金]

『屋久島の女』は本日休演。でも一人芝居フェス自体はやっています。夜はハーフイヤーシアターの稽古。『屋久島の女』に『ニャンプー』にクリスマス会にDVD映画にいろんなデザイン作業にと、脳味噌がぐるぐるシャッフルされて、なんか耕されていく感じが心地よい。




2005年11月26日[土]

『屋久島の女』の本番。2ステージ目。試みたことが裏目に出て、なんだかうわ滑った感じの芝居になってしまった。これも演劇界に巣くう二日目の魔物の仕業なのか? まあなんと生ものなのだろうか?






2005年11月27日[日]

早朝。DVD映画『LOVERS and KILLERS 赤龍の女(仮)』の脚本第三稿を長谷川プロデューサーに送信。映像の脚本はいつもやっている演劇の脚本とはまたちがった作製プロセスで、おもしろい。

午前中。『屋久島の女』の選曲修正作業。作業が押してしまって劇場入りがギリギリに。しかも、携帯を忘れて出たもんだから重田に連絡もできず。不安にさせてしまって申し訳ない。重田恵一人芝居『屋久島の女』は最終日。昨日の反省を踏まえて軌道修正を行う。勝手な注文をああだこうだと言うだけ言うと、あとはもうすべてを重田に託すだけだ。本番がはじまると『屋久島の女』はまた別の姿に変貌を遂げていった。自分で作った芝居なのにそんなことを忘れて、僕はただただ見惚れるだけだ。なんて感動なんだろう。僕は客席にいながら、なんだか演劇の核心のようなものに指先が触れる感じがした。よく「神がかる」と表現する時があるけど、今回の一人芝居、重田も片岡くんも神がかっていたのか。このふたつの芝居を生で観られただけで、演劇をやっててよかったなあと思う。僕は幸せだ。

僕の中で今後の演劇感を大きく左右するエポックメイキングな三日間だった。

本番を終えたのちに、HYTの稽古へ。『有毒少年対抗戦』花組の発表。前回「松組」の教訓を生かせず。暴は天国と地獄を行ったり来たりだ。






2005年11月28日[月]

自宅にてDM用新聞のデザイン作業。夜、伊藤えん魔さんのラジオ番組にゲスト出演。ジャンクフードについてグダグダ喋ってきた。なんの話をしただろうか。ミルクセーキをなんか無駄に熱く語っていたのだけうっすら覚えている。まあ、舞い上がっていてなにも覚えておらず負け気分で帰ってきたという話だ。ラジオ後、HYTメンバーと近所のミスタードーナツで打ち合わせ。新聞。新聞。新聞が終わらん。






2005年11月29日[火]
夜通しHYTのDM用新聞のデザイン作業。朝方、ようやっと完成。HYTの竹千代メンバー、立花メンバーに家まで来てもらって文字構成を行う。昼、ニャンプーの脚本作業。夕方に印刷所に行って新聞を入稿。

いろんな作業を進めながら、合間合間に全然別のプロット作業を毎日5分づつ進めている。とある漫画作品を実写映画化するための作業。いや、映画化の予定は今のところ全くないんだけど、脚本ができたらとある映画監督の方に持ち込んでみようと考えている。直感なんだけど、この計画、うまく行くような気がするんだが気のせいだろうか?

広島の小一女児殺害事件でペルー人男性がヤギ・カルロス容疑者が逮捕された。



2005年11月30日[水]
願わくば禿げんでくれと禿げんでくれと祈りつつ、禿げという輩はひたひたと背後を取って急転直下のバックドロップをくらわせてこようとするわけで。対「禿げ」戦はいつも臨戦態勢なわけである。気が抜けん。毛も抜けん。でも、まあこれは自然の摂理。がんばって人生を生きている勲章みたいなもんだと諦めるしかない部分もある。親父も禿げている。そりゃ、禿げるわな。前略おふくろ様、人間、禿げるときはまあ禿げます。演劇やっている身としては芝居の時は、帽子、づら、プロピア、禿げなどを役に応じて使い分けていこうとか、そんな算段も取り始めている。「I can flay!」以前の窪塚洋介くんを見習って。あれは禿げではなく刈っての坊主であったが。とにかく、来るべき日に備えて「禿げない」「禿げるかも」「禿げてきたかも」「禿げました」「禿げてました」ともう予防線はりまくる気まんまんだ。「あれ、産まれた時から禿げてませんでした?」と言われんばかりにイメージのすり替えを。そんな訳で日々薄くなる頭髪に憂うばかりではあるけれど、完全に禿げる前に子供の頃からの夢だったストレートパーマを今度当ててみようと思う。くるくる天然パーマで三十年、それはただひたすらサラサラヘアに憧れる月日でもあったわけである。

そういえば昔、禿げの喪失感と失明で光を失う喪失感が同等のものだろうという見解をこの日記で書いて、お客さんにえらい剣幕で怒られたことがある。「禿げと失明を一緒にしないで!」。でもここだけの話、僕は数年前に過労が祟って目を患ったときに「失明も覚悟しておいてください」と失明宣告をされたことがあって、それはまあ目の前の世界がぐるんと逆さまになって喪失感の空に落っこちてしまいそうになったことがある。失明の喪失感に苛まれ、そして禿げゆく今思うことは、禿げも失明もやっぱり大きな喪失感を伴うということだ。僕たち人間はその時その時でそういった喪失感と向き合っていかなくてはならない。



2005年12月1日[木]
物語を作ってて人に意見などを聞いた時によく言われるのが、「中だるみするなあ」、これだ。じゃあ、「中だるみ」ってなんなの?と尋ねると的確に答えられる人は少ない。この正体不明の「中だるみ」ってやつは物語作家の宿命の敵みたいなもんだ。「中だるみ」というのは物語ではなく観客の集中力の中にあるんじゃないかと考えたこともある。その人が退屈だと感じれば、静かな場面も賑やかな場面でも関係なく「中だるみ」はやってくるのだ。「たるみ」はどこにあるのか。それはまあその時々だろうな。作り手側としてはこちら側のたるみは引き締めていきたい。受け手のたるみを締めるにはチラシに「十分に睡眠を取ってご観劇ください」「集中力を鍛えてきてください」とか書いた方がいいんだろうか。もういっそ開き直って「面白い中だるみ」を作る気でいこうか。ああ。徹夜明けで朦朧としながら書いているのでなにを書いてるのかだんだんわからなくなってきました。駱駝。賽子。浣熊。小鳥遊。わからなくなったついでに意味なく読みの難しい漢字も書いてみました。さようなら。



2005年12月3日[土]

京都にて打ち合わせ。HYTの植木メンバーのお兄さんがWEBのスペシャリストで、今度の『ウェブフェス!』やチケット予約に際して助言を仰ぐごうと京都まで赴く。しかし、駅の出口を間違えたあげく道に迷いまくって迷子に。どうにも待ち合わせ場所にたどり着けなくて先に来ていた堀部メンバーに迎えにきてもらう。しかも、打ち合わせは10分くらいで終了。「この打ち合わせ、電話でもよかったんじゃ……」みたいな雰囲気になる。みんな笑ってごまかした。

そのあと、メンバーと連れだって京都・河原町にあるめちゃいい感じの喫茶店「クンパルシータ」へ向かうもまだ店が開いてなく、近所にある同じくいい感じの喫茶店「ソワレ」へ。ココアを飲んだら舌を火傷した。

帰りがてら梅田で「少年チャンプルダンス祭り」のDVDをゲット。TOZAWAもひとりでできるもんも無名もみんな素晴らしい。僕も来年のバートンズに向けて体を鍛えに入らなければ。






2005年12月4日[日]
先日の一人芝居フェス「INDEPENDENT:05」では、本当にたくさんのことを考えさせられた。片岡百萬両君と坂本見花さんの『夕暮れ鬼とテディベア』は、水と油、相反する材料を同じ鍋に掘り込みながら奇跡的な混ざり合い方をして、誰も飲んだことないような複雑かつ奇妙な味わいのスープになっていた。それはレシピに準じていては作れない、直感に導かれた右脳的なスープだ。もう絶品の配合だった。重田恵の『屋久島の女』は、最終日、作・演出の僕の手を離れて、ただただ前のめりに傍観するしかない圧倒的な出来事として存在していた。ひとつの材料をドロドロになるまで煮込みまくった濃厚なスープだった。僕は自分で作ったことも忘れて「うわあ、なんかすごい芝居を見ちゃってるなあ今」と呆けるしかなかった。ほかの出演組の芝居は忙しくて見れなかったのでよくわからない。上記二作にして大きな点はふたつ、僕も坂本さんも重田と片岡くんという素晴らしい演者に恵まれたということ。そして、一番大切なのは表現に対して「真摯」であったということだ。そして、そのふたつの作品に触れて強く思ったことは、僕は演劇が好きでならんということだった。話は反れる。演劇のために今までたくさんのことを犠牲にしてきた。そのことをひどく後悔しているし、恐れもしている。取り返しのつかない道に入ってしまったのではなかろうか、そんな不安に一秒一秒苛まれている。傷つき傷つける罪悪感に押しつぶされそうだ。でも、あんな芝居を目の前で見せられて歩みを後ろに下げれるものか。「その原稿見せてくださる?」とおもろい漫画のために愛する家族との約束を犠牲にする宮さん(by編集王)のような心境だ。もう病気だ。ごめん。ああ、わからん。わからんなあ。わからんが、『夕暮れ鬼とテディベア』と『屋久島の女』をはじめて観たその夜、僕は言い知れぬ多幸感に包まれた。「死ぬなら今だな」と思った。まだ、死んどらんが。あの夜、死ねなかったのは幸か不幸か。それもまた、わからんのだ。

上演終了後、一人芝居フェスのプロデューサー・相内さんから「来年の夏に再演してくれませんか?」とお声かけいただいた。これは、来年の夏に一人芝居フェス過去50作品の中から選抜して行う傑作選のような企画に際してのお声かけ。きっと片岡くんと坂本さんの芝居にも声がかかってるんじゃなかろうか。まだ先のことなのでどうなるかはわかんないけど、お声かけいただけただけでも大変光栄な話だ。大阪だけではなく東京公演もあるらしいので、実現した際はみんなでわいわい芝居について喋りながらやれたらいいんだけど。人見知りする僕は、今回多くの参加者がいたにも関わらず、ほとんど誰とも喋ることができなかった。そのへんも踏まえて、再度チャレンジしてみたい気は満々なのだが。なんつーか、ちゃんとやれ、俺。みたいな。



2005年12月5日[月]

本日、梅田にてミジンコターボ次回公演のフライヤーデザインの打ち合わせ。次は宇宙モノなのだそうだ。打ち合わせ中、未完の大傑作『度胸星』の話をしていたら、とても読み返したくなってきたの、そのあと漫画喫茶にいって一気読み。『度胸星』は読み返してもやっぱり名作だった。

家に帰れば『ニャンプー』の脚本作業。先月中に仕上げるつもりが少々遅れてしまった。今週中には仕上がる予定。なんの奇もてらわず、ひねくれず、真っ向勝負の少年少女向けジュブナイル。書きながら、自分が昔感じた冒険物語への興奮を思い出してテンション上がります。ご観劇の際は精神年齢を20年ほど逆行させてご覧いただくと丁度よいかも知れません。胸躍る感じですよ。






2005年12月6日[火]
右耳が脈動性の耳鳴りに襲われている。ネットで調べたら「クモ膜下出血に繋がる恐れもあります」って。こわ。こわ。脚本執筆が落ち着いたら病院に行こう。

『ニャンプー』脚本執筆は2/3に差し掛かろうと言うところ。今までの台本書いてても初日の幕が開くまで不安でならなかったけど、今回は不思議と不安はない。心がけたのは「子供でもわかる単純明快なストーリー」。感触としては悪くない感じだ。夜、庄内にてリリーエアラインの打ち合わせ。ちょっとだけ選曲でお手伝いをするのだ(予定)。庄内駅で自主練習帰りのHYTメンバーに出くわしたけど、なんか話し込んでたので声はかけず。みんながんばってるなあ。冬の演劇は、肌の寒さと胸の熱さ、その温度差が心地よかったりする。この胸の熱さが肌に届くようまでに加熱していきたい。リリーエアラインは惑星ピスタチオ時代の先輩である遠坂百合子さんの旗揚げしたユニット。12月17、18日にコモンカフェで旗揚げ公演をするので、お時間ある方はよかったら観にいってください。僕は『ウェブフェス!』がどんかぶりで観にけない……。



2005年12月8日[木]

右耳が脈動性の耳鳴りは止む気配がない。24時間耳の裏で誰かにノックされている感じだ。耳鼻科で診察を受けるも異常は見つからず。耳鼻科の世界では原因不明の耳鳴りを「耳鳴り症」と言うのです、と説明を受けた。そのまんまじゃん!と腰が抜けそうになった。考えられる要因は、疲れ・寝不足・ストレス、すべて著しく思い当たる。とりあえず今日は薬飲んで暖かくして寝よう。






2005年12月9日[金]
昨日病院で処方してもらった薬を飲んだら右耳の耳鳴りがぴたりと止んだ。カルナクリン君、メチコバール君、ハイゼット君、ありがとう。君たちのおかげでとりあえず作業に集中できるようになったよ。ニャンプー脚本は明日中に第一稿が上がる予定。予定より10日オーバーしたが、日程的にはまだゆとりがあるので大丈夫だろう。今からHYTの稽古。クリスマス会でやるコントの台詞がまだ一文字も入っていない。今日突貫だ。



2005年12月10日[土]

最近、週刊ビッグスピリッツ『SEKIDO』の面白さにようやく気付いた。水泳漫画。飛男の泳ぎ様に手に汗握る。






2005年12月11日[日]

『ニャンプー』の選曲作業。選曲の主軸となるメインテーマがようやく決まった。メインテーマさえ決まればあとの選曲はグッと楽になる。『ニャンプー』脚本執筆はもうすぐ終わる。大和さんと一緒に絵本作品として作りはじめたこの作品。たくさんのアイデアがあった。たくさんの物語があった。未完のまま放り投げてしまってずっとずっと心の片隅に引っかかっていた。飲み込めず吐き出せず。その作品に別の形ではあるけれどようやく決着をつけることができる。WEBの日記やブログでは、いいことも悪いことも包み隠さずにその時の正直な気持ちで書こうと心がけている。将来、自分が読み返した時に素直な気持ちで懐かしく思いたいからだ。どれだけ人に褒められても自分が納得いかなければ悔しくて泣く。どれだけ人にけさなれても自分で納得いけば胸を張る。人に褒められて自分でも誇りに思えるのが一番だ。HYTをはじめる時、「傑作を作る」なんて表現者として当たり前のことをわざわざ声高に掲げて自分にプレッシャーをかけた。そして演目に因縁の『ニャンプー』を選んだ。その『ニャンプー』を書き終えようとしている今正直な気持ちで書くならば、(自分で言うなという声も聞こえてきそうだが)とてもよい作品になっていると思う。「傑作」の骨組みとしてとても納得がいっている。あくまで、現段階でだけど。なんか変な話だけど、今日クライマックス直前のシーンを書きながら涙が止まらなかった。その世界に生きる住人たちの生き様に自分で感動してしまったのだ。情けない話だが、なんつーか「これはいける」とか思ったね。短絡的か? 今はただ、早く稽古をはじめたくて仕方がない。そんなこんなで脚本執筆も一山越え、休憩がてら飯食いに外に行って家に帰ってきたら、絵本版ニャンプーの共同作者だった大和さんから、旗持ったニャンプーのイラスト入りファックスが届いていた。小さな文字で一文が添えられていた。

がんばれニャンプー がんばれスエミツ がんばれみんな がんばれ世界中の猫たち がんばれ   保村大和

……もうね、がんばろ、って思ったよ。ホント。






2005年12月12日[月]

昨日はHYTのクリスマス会だった。ケーキ食った。ゲームした。プレゼント交換した。楽しかった。なんだ、このおざなりな日記は……。僕は真里恵ちゃんと片岡くんと前田多佳子メンバー作のコントをやった。ラブコント。楽しかったなあ。以下、クリスマス会のプログラム。順不同。うろ覚え。

『開会式』
『王子のシュトーレン』(梅本・片岡・末満)
『ピースフルドリーマー・スクロールズ・トゥ・ヘブン』(花田・栗山・佐藤・岡上)
『屋久島の女』(立花)
『チーム貴婦人』(女子メンバー)
『シークレットラブ』(佐藤・奥村)
『チャンピオン』(植木・橋本)
『フルーツバスケット(ゲーム)』(全員)
『コスプレファッションショー』(全員)
『眠りの森のミルちゃん』(丹下・桜井・川村・前田・嶋田)
『ゴスペル』(山田・西森・山元・松浦・三井・市橋)
『プレゼント交換』(全員)
『閉会式』

クリスマス会の後、駅前のマクドナルドで停滞中の『ウェブフェス!』に関する駄目出し。クリスマスムードが一気に冷めてしまった。申し訳ないと思いつつ、うーん……。






2005年12月13日[火]

リリーエアラインの稽古場にお邪魔しています。女四人が所せましと演じまくってます。リリーエアライン『ホントに?』は今週末。コモンカフェにて。

『ニャンプー』の脚本がようやく完成。水曜日の稽古開始に間に合ってよかった。これから風呂に入ってビール飲んでひとり打ち上げ。やっほーい。






2005年12月14日[水]

茨木の稽古場にて『ニャンプー』の初本読み。初本読みというのは一番最初に行う読み合わせのこと。この時、はじめて役者たちは自分たちがやる芝居がどういう芝居なのか、その全貌を知ることになる。第三稿を仕上げてたらコピーが遅れて、予定時間より大幅オーバーしての読み合わせスタート。自分の役をああだこうだと試してみたり、決まっていない端役や休みの役者の役をみんなで回しながら読んだり。最初、座っていた役者たちも読み合わせが進むに連れてみんな立ち始めたりとかして、終いには全員立ち始めたりとかして、なんとなくヒートアップした感じの読み合わせとなる。スタートが遅れたために稽古時間内に読み終わらなかったが、稽古場の近くにある駐車場に場所を移して残りの読み合わせを行うことになる。極寒の冬空。身体を寄せ合い、白い息を吐きながら、みんなで本を読んでいく。そして、完読───。つたない読み合わせではあったけど、不思議と充実感の残る読み合わせとなった。この充実感をコンパスに僕たちは荒波『ニャンプー』へと航海に出る。みんなの中にもそれぞれの充実感が生まれたように見えた。ボルテージは上がりつつある。






2005年12月15日[木]
昨日から財布が見つからない。夕方王将で飯食った時にはあったからどこかにあるはずだとは思うんだけど。見つからんなあ

『ニャンプー』稽古は欠席者が多数。昨日、「これからガンガンやっていこう」と団結したばかりなのでいきなり意気消沈する。昨日みんなから感じたあの熱は幻か。落ち込んでいても仕方ないので、オープニングの導入シーンからとぼとぼと演出をつけていく。静かだけど観客の心をいきなりわし掴んでいくようなそんなシーンになればいいなあ。



2005年12月16日[金]

無くした財布は結局見つからず。仕方なくいろんなカードを使用停止にするためにあちこち電話をしまくる。ひとまずカードの悪用などはされていないようで一安心。でも銀行からしばらく引き落としができなくなったために超金欠に。

激辛サラダってのを頼んだらキムチが出てきた。しかも、ものすごく味が中途半端なキムチだった。中途半端なキムチを食べながら思ったことは、明日の夜8時からはじまる『ウェブフェス!』はあまり宣伝が行き届いていないなあということと、明後日の『ニャンプー』チケット発売日が盛況だったらいいなあということ。






2005年12月17日[土]
『ウェブフェス!』は本日夜8時から。『ウェブフェス!』がなにかっつーと、明日『ニャンプー』のチケット発売日なのでそれを盛り上げようとかそういう狙いの企画なわけで、これがまあみんなの腰が重く準備が大変滞ってしまい、僕が「みんなやりたくないなら中止にしよう」と駄々をこねて企画が頓挫しかけ、でも一部のメンバーが「やります!」と奮起して一週間くらい前に企画を立て直したという紆余曲折の末の開催なのである。ここ一週間、みんな不眠不休で準備を進め、おかげでなかなかに楽しげな(でもやる方には過酷な)企画が満載となった。みなさま、是非おもしろがりにきてください。そして、おもしろさのあまりについうっかり『ニャンプー』のチケットを買ってください。そういう狙いです。なんだかんだで、燃えてきた。『ウェブフェス!』は今晩8時から。リリーエアラインや、ワイルド番地や、東京公演中の石原正一ショーなどを気にしながら、明日の夜8時まで24時間ぶっ通しでオンライブ。最後はもちろん『サライ』をみんなで大合唱、盛大なフィナーレを迎える予定なのである。

そんなこんなで『ウェブフェス!』の準備を進めながら、合間を縫って『ニャンプー』企画書(写真)の作業。ベジェ曲線を駆使して、企画書表紙のロゴを作ってたら、ソフトがダウンしてデータが全部消えてしまう。その後、五分放心。ああもう。ああもう。で、今さっき放心から戻ってちまちま復旧しとる最中なのである。

余談。今日はピースピット次々回作『SMITH』のすごく良いアイデアを思いついて、小躍りした。こういうキラーなアイデアが出たときの「もらった!」感はホントに興奮する。アドレナリンがびゅんびゅん。そりゃ、小躍りもしますって。



2005年12月18日[日]

心身ともに完膚なきまで疲れ果てた『ウェブフェス!』がようやく終了。僕は表舞台にこそ立ちませんでしたがかつてない激闘に次ぐ激闘でした。同じくチャットやショートムービーなどには一切顔を出すことはなかったけど、みんなのために一睡もせずに働きに働きまくった森口直美メンバーなくして『ウェブフェス!』は有り得ませんでした。森口メンバー、おつかれ。今はたぶんとろけるように眠っていることと思います。さあ、あとは『ニャンプー』に向けてまっしぐら。でも今はとにかく眠りを……。






2005年12月19日[月]

ひたすら『SMITH』のプロット作業。明日の昼までにあげないといけない。ガシガシやっとりますよ。作業中はTRIBECKERの「夜明けのハミング」をヘビーローテーション。TRIBECKERはヴィレッジバンガードで流れていて一目惚れならぬ一聴惚れして即買いした大阪のスウィングジャズバンド。ってのは前の日記でも書いたか。とにかくソウルほとばしる声と楽曲にシビレルしかないのだ。

稽古場についたら玄関口が真っ暗。どうやら場所を間違えたようだ。移動移動。






2005年12月20日[火]
庄内にて『ニャンプー』の稽古。そのあと、梅田の居酒屋にて『ニャンプー』&『バートンズ』の顔合わせ。石原正さん、赤星マサノリくん、三谷恭子ちゃん、僕の計四人の少数ユニット。メンツ的には微妙に『SMITH』の顔合わせにもなってたりする。武信さんもやってきて、HYT内で動いているドキュメンタリーチームにいろいろアドバイスしてくださったり。そんな顔合わせDAYだった。



2005年12月21日[水]

ピースピット次回本公演『SMITH』の出演者をハーフイヤーシアターからも若干名募集することにした。第一次オーディションは「作文」。1000字。〆切は年明け五日。テーマは「末満健一を褒めて褒めて褒めたたえる」にした。年明けから自分を褒めたたえるメールがどっさり届くというありえない予感に今から胸を踊らせているのですよ、奥さん。

ふと財布が見つかる。でももう、カードを破棄してしまっているので意味がない。






2005年12月22日[木]

朝起きたら大雪。大阪では非常に珍しいことだ。誰だ、今年が暖冬だなんて言ったやつは。思わぬ、サプライズじゃないか。

ストーブで部屋を暖めつつ作業。『ニャンプー』の仮選曲が終了。全42曲。これから企画書を仕上げて、衣裳デザイン画に取り掛かる。

昼。DVD映画のスタッフ打ち合わせ。実は僕はこの打ち合わせを27日だと思いきり勘違いしていて、昼過ぎに寝ているところにプロデューサーの長谷川さんから電話がかかってくるまで、まったく頭の中になかった。「1時からスタッフミーティングだぞ!」。時計を観たら1時15分。慌てて家も飛び出すも、家から打ち合わせ場所まで1時間30分はかかる。結局、3時に到着。監督、助監督、アクション監督、照明、音響、ロケハンなど各種スタッフさんたちと打ち合わせしていく。帰り際、主演の美崎悠さんのマネージャーさんが惑星ピスタチオをずっと観てくれていたお客さんだったことが発覚。いろいろお話ししようとしたが、稽古時間になったために僕は稽古場に向かった。今度、お会いしたときにまたいろいろ話そう。

HYTの稽古は茨木の新しい場所。稽古場までの道のりが雪がふみ






2005年12月24日[土]

朝起きたら非常に体調が悪い。下痢に嘔吐に頭痛に目眩に貧血。立っていることもままならず、稽古にも行けず、一日を寝てすごす羽目に。






2005年12月25日[日]
体調はやや快復。ホントはまだ寝ていた方がいいくらいには具合悪いんだけど、そういうわけにはいかないので軋む内臓を抱えながら稽古場へ。『ニャンプー』の稽古はなかなか思うように進まない。下手でもいい。でも、やる気ないのはいかんよ。努力もなにもしてないくせに「やる気あります!」っていうのはもっとタチ悪い。やる気あるなら、具体的な努力をしてくれ! 妄想の努力ばっかりじゃなくて!



2005年12月26日[月]
今日はうちのおとんの誕生日だった。



2005年12月27日[火]
『ニャンプー』の稽古。一日に6ページ進むノルマなんだけど、今日は1ページしか進まなかった。熱が低い。熱が低いからそれを叱責する。叱責された役者は萎縮して余計に熱を下げていく。負のスパイラルだ。だからと言って黙ってたり褒めたりしても上辺だけでしか問題は解決しない。なんかいい方法はないものか。そんなわけでホントは今日が稽古最終日のはずだったけど、稽古が停滞気味なので明日も稽古することに。



2005年12月28日[水]

昨日1ページ分しか進まなかった稽古が40ページ進んだ。「進んだ」というよりは「進めた」という方が正しい。様々な問題点は解消されそうな気配がない。地雷原を突き進むHYT軍。昨日までは地雷を踏む度に、如何に地雷を踏まないで進むのかという話し合いを持っていたが、一向に埒が明かないので地雷を踏んでもかまわず進むことにしたのだ。進むには進むが、こんなに地雷を踏み続ける行軍をしているとそのうちにみんなが倒れてしまう。

稽古後、立花明依メンバーと植木靖雅メンバーと僕の三人で豊中の居酒屋で、稽古場でつけた演出の続きの演出を考える。稽古場で40ページ進んで、さらに30ページ進んだ。店が閉店になる頃、演出は120ページ中105ページまでついた。外に出ると空が明るくなっている。朝だ。駅前のちょっとした広場でつけたばかりの殺陣を確認する。たぶんめちゃくちゃ寒いはずなのに全然寒くない。それは殺陣で動いているせいもあったのだろうけど、こう腹の底から沸き上がってくる熱もあったのだ。






2005年12月29日[木]
一日家にこもってひたすら作業。いろんな作業がガツンと進んだ。やればできるじゃないか俺、みたいな感じの進み具合。深夜、GBBとGGMの映像寄金のビデオパッケージが完成。長らくお待たせして申し訳ありません。仕上がったパッケージデータを武信さんの家に届けに行く。GBBとGGMの映像寄金は本日より受付開始です。



2005年12月30日[金]

石原正一ショー『十三人姉妹』を観にいく。アムロもバスタオルもない石原正一ショー。偉大なるマンネリはどこぞに、そこにはただひたすら「ダンス」があった。ダンス。ダンス。ダンス。石原さんのダンス愛が詰まりまくった作品。会場のHEPHALLは観たこともないような超満員。自分のことのように嬉しくなった。

終演後、HEPの星川さんと来年8月『SMITH』の打ち合わせ。そのあと、ヨダちゃんと山田明希子メンバーと『ニャンプー』衣裳打ち合わせ。打ち合わせのあと、石原正一ショーの打ち上げに少しだけお邪魔。みんなから熱気を少しだけお裾分けしてもらう。最近は『ニャンプー』の稽古場熱が一向に上がってこないことにイライラしっぱなしなので、久々の熱が心地よい。稽古場のことを人に相談すると「そりゃ、素人ばかり集めているわけだから仕方ないよ」と口裏を合わせたかのようにそう励まされるが、「仕方ない」ではすませたくないのだ。藻掻いて藻掻いて藻掻きまくろう。

正月用の新しい靴を馴らすために今日下ろして履いてみたら思いきり靴ずれに。げんなり。








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