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2005年11月1日[火] ここんとこは相変わらず毎日『オウルズ・マップ
対抗戦』の稽古。稽古場では、僕が怒ってて片岡くんが怒ってて木原くんが怒ってて、まあそれは作品をよくするためにみんなの成長を促すために怒っているわけだけど、最年少の栗山陽輔メンバーまで僕らのような怒り方でみんなに駄目出しをしはじめた。「なんべん同じこと言わせんねん!」みたいな。「ああ、傍目に見れば僕もこんな感じなんだろうな」と思った。今度から怒る時はせめて「ですます調」を心がけたいと思う。「何度同じことを言わせるんでございますか!」みたいな。でも、言葉が丁寧になると喋る字数が増えるんだよなあ。それがタイムロスにつながるし。それにしても、稽古場で怒るたびに自分が傲慢な感じして嫌なんだけど、怒らずに危機感を感じてもらえる方法はないんだろうか。結局怒鳴ったりしないと現状がわからなったりもするし。チーム梟の発表まであと二日。チーム駒鳥まであと三日。稽古場での発表公演といえど、全力を尽くしていきたい。 母親が家計を支えるための花キューピットの委託販売員に。拾った子猫と一緒に店を切り盛り。毎日毎日花だけは入荷されてくるんだけど一向に売れなくて、店先が花で溢れかえってしまい、母は子猫と途方に暮れる。という今日の夢。ここで驚いたのは僕の人生でまったく気にも止めたことのない花キューピットがちゃんと「花屋」として登場していたこと。人間の記憶力とは意表をつく偉大さだ。 早朝、『ニャンプー』の本チラシ作業。表面のデザインができあがる。あとは裏面。裏面がめんどくさいんだよなあ。文字データとかが多くて。でも、あと一踏ん張りだ。かつてない雰囲気のチラシができそうで早く入稿したくてたまらない。チラシ作業のあと、昼まで『屋久島の女』の作業をして、正午からDVD映画の脚本第二稿の作業。3時から東急ホテルでDVD映画の打ち合わせ。夕方からHYTの制作ミーティング。HYTでは恐るべきの物量の企画が進行している。大変だけどみんながいるとなんとかなるだろうって気になってくる。いつもピースピットでひとりでやっている時にできなかったあんなことやこんなことを実現させることができる。これがチームの力か。ミーティングを終え、どしゃ降りの雨に濡れながら「あれもしな」「これもしな」と思案に耽る。やれることからやっていこう。 早朝、『ニャンプー』の本チラシの裏面作業。写真データだけでも27人分あるので加工・配置が一苦労だ。あと三日はかかりそうな雰囲気。先は長い。根負けして仕事が雑にならないように気をつけよう。 午前中、DVD映画の脚本第二稿の作業。10時半よりHYTのオリエンテーション。宝塚から旧福知山線廃線跡をたどっていくハイキング。渓谷沿いの廃線をてくてくと歩いていく。途中にいくつかトンネルがあり、懐中電灯の明かりを頼りに進んでいく。廃線の散歩道も終盤に差し掛かったところで、古びた鉄橋が現れる。まるで『スタンド・バイ・ミー』のようなノスタルジックな景色が惜しげもなく登場して、ちょっと異世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。廃線跡を越えると武田尾温泉。ボロボロの温泉宿で湯を借りる。宿泊パンフレットのJRの表記が「国鉄」のままだったり、イノシシの剥製や奇妙な人形が飾られていたり、まるで二十年前から時間が止まっているかのような古旅館の風情。僕たちの知らない間にタイムスリップでもしてしまったみたいで、言いしれぬ不安感に包まれる。 『ニャンプー』の配役はすべてオーディションで決めることになっている。でも、先日の『ニャンプー』脚本会議の時に「もしこの役をやるならどの人がよいだろうか?」というイメージキャストを決めながらキャラクター設定などを考えていたんだけど、会議に居合わせたメンバーの口からそれがさも決定事項として伝わってしまって、メンバー間に動揺を走らせることとなる。とりあえず、「勝手なこと言ったの誰?」と怒りのメールをメーリングリストで回さなければならない羽目になったんだけど、殺伐としたムードはホントやだやだ。 尻にニキビのようなものができて、椅子に座るとちょうとそこが当たって痛い。これが俗に言う「おでき」ってやつだろうか?
気になったので辞書で調べてみた。 今日は売込隊ビームの梅本真里恵ちゃんを講師に招いての月替わりワークショップ。真里恵ちゃんとは数日前からちょっとだけ内容の打ち合わせをして、稽古時間の三時間を丸ごと真里恵ちゃんに仕切ってもらった。みんなは楽しいゲームにエチュードにと割とホットになっていたけど、そんなみんなからは一歩引いて見ることにしていた水を差すのが得意な僕だ。真里恵ちゃんはホントに彼らのためにいろいろ考えてくれて、あの手この手のワークショップを考えてきてくれていた。心底ありがたかった。僕は彼女の人を思いやるその深さに感動した。でもそこには誰か引っ張ってくれる人がいると我先にそれに飛びつくみんなの姿もあった。先生と生徒の構図ができあがっていた。まあ、僕も冗談で「真里恵先生、ではよろしく」なんて言っていたのだけど。稽古場では、彼らが表現者として独り立ちするための様々な装置を用意する度に、みんながそれに盲目的に飛びついてしまう。その姿勢は「創作」とはかけ離れたものだ。やればやるほど出口が見えなくなる。まるでエッシャーの騙し絵のように出口のない「表現」という名の迷路だ。竹千代メンバーや桜井メンバーのように、用意された装置を自分なりに租借して利用して一段上がってきそうな気配も見せている者もいた。でも今日のワークショップの僕としての最大の発見は、真里恵ちゃんは元気があって機転が効いてとてもよい子だなあということだった。そこには非常に刺激をもらった。また彼女と作品を作りたいと心からそう思った。HYTのメンバーからは、申し訳ないが演出家として今日も刺激を受けることはできなかった。「この材料でカレーを作れ!? 無理だよ、野菜もルーもないじゃん!!」そんな途方の暮れ方だ。HYTの主宰としてはこれからみんなと作品を作る上で、とてつもないジレンマだけが残ったことは確かだ。 朝9時、一昨日から寝ずにかかりっきりだったDVD映画の脚本改訂稿が完成。そのあと、仮眠を取って昼1時から『ニャンプー』本チラシのデザイン作業。HYTメンバーの写真の質感を一枚一枚補正していく。こうしてみると、ホントにいろんな顔がいるなあ。 夕方。タップハウスにて『ニャンプー』本チラシを下版。ようやく大きな肩の荷がひとつ降りた。扇町公園にて『屋久島の女』の稽古。すぐ傍ではHYTのクリスマス会で上演される『ピースフルドリーマー・スクロールズ・トゥ・ヘブン』のメンバーも練習していた。稽古後、HYTメンバーと一皿130円の回転寿司屋でしこたま食べて飲んで、深夜2時半、就寝。夢も見なかった。
2005年11月24日[木]
2005年11月25日[金]
2005年11月26日[土]
2005年11月27日[日]
2005年11月28日[月]
2005年11月29日[火] 夜通しHYTのDM用新聞のデザイン作業。朝方、ようやっと完成。HYTの竹千代メンバー、立花メンバーに家まで来てもらって文字構成を行う。昼、ニャンプーの脚本作業。夕方に印刷所に行って新聞を入稿。 いろんな作業を進めながら、合間合間に全然別のプロット作業を毎日5分づつ進めている。とある漫画作品を実写映画化するための作業。いや、映画化の予定は今のところ全くないんだけど、脚本ができたらとある映画監督の方に持ち込んでみようと考えている。直感なんだけど、この計画、うまく行くような気がするんだが気のせいだろうか? 広島の小一女児殺害事件でペルー人男性がヤギ・カルロス容疑者が逮捕された。 2005年11月30日[水] 願わくば禿げんでくれと禿げんでくれと祈りつつ、禿げという輩はひたひたと背後を取って急転直下のバックドロップをくらわせてこようとするわけで。対「禿げ」戦はいつも臨戦態勢なわけである。気が抜けん。毛も抜けん。でも、まあこれは自然の摂理。がんばって人生を生きている勲章みたいなもんだと諦めるしかない部分もある。親父も禿げている。そりゃ、禿げるわな。前略おふくろ様、人間、禿げるときはまあ禿げます。演劇やっている身としては芝居の時は、帽子、づら、プロピア、禿げなどを役に応じて使い分けていこうとか、そんな算段も取り始めている。「I can flay!」以前の窪塚洋介くんを見習って。あれは禿げではなく刈っての坊主であったが。とにかく、来るべき日に備えて「禿げない」「禿げるかも」「禿げてきたかも」「禿げました」「禿げてました」ともう予防線はりまくる気まんまんだ。「あれ、産まれた時から禿げてませんでした?」と言われんばかりにイメージのすり替えを。そんな訳で日々薄くなる頭髪に憂うばかりではあるけれど、完全に禿げる前に子供の頃からの夢だったストレートパーマを今度当ててみようと思う。くるくる天然パーマで三十年、それはただひたすらサラサラヘアに憧れる月日でもあったわけである。 そういえば昔、禿げの喪失感と失明で光を失う喪失感が同等のものだろうという見解をこの日記で書いて、お客さんにえらい剣幕で怒られたことがある。「禿げと失明を一緒にしないで!」。でもここだけの話、僕は数年前に過労が祟って目を患ったときに「失明も覚悟しておいてください」と失明宣告をされたことがあって、それはまあ目の前の世界がぐるんと逆さまになって喪失感の空に落っこちてしまいそうになったことがある。失明の喪失感に苛まれ、そして禿げゆく今思うことは、禿げも失明もやっぱり大きな喪失感を伴うということだ。僕たち人間はその時その時でそういった喪失感と向き合っていかなくてはならない。 |
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